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インタビュー

【1】子どものときから既に自分の道は決めていた! 私がアーティストとして独立するまで

鮮やかで力強い色合いが印象的な絵を生み出す須山裕子(すやまゆうこ)さん。イラストレーター、コンテンポラリーアーティスト、そして造形教室の講師として活躍しています。「いつから絵を描き始めたのか覚えていない」と言うほど、幼少のころから絵を描き続けていた須山さん。大人になってからもデザイナーやイラストレーターの仕事をたのしみながら覚え、現在も仕事ではなく「遊んでいる」感覚なのだそう。ところが、明るくパワフルな須山さんでも、絵を描くのがつらかった時期がありました。その時期から得た須山さんの人生観を4回にわたってお届けします。

物心ついたころにはすでに絵を描いていた須山さん。小学校4年生のときには、自身の得意な絵の方向性もわかっており、このころから既に今の仕事のまねごとをして遊んでいたそうです。第1回目のインタビューは、須山さんが不思議な縁に導かれるように絵を仕事にするまでを伺います。

絵を仕事にしようと決心した小学校時代。ルーツはここ。

―いつ頃から絵を書き始めましたか?

もう覚えていないくらい、小さな頃から書いていたようです。ずーっと絵を描いて描いて描き続ける子どもでした。
絵を仕事をしようとはっきり意識していたわけではありませんが、小学校4年生のときには、すでに絵の仕事のまねごとをしていました。

―どのような仕事のまねごとでしょうか? 何かを創って遊んでいましたか?

例えば、自分でポスターや広告を作るという遊びです。広告というものを理解していませんでしたが、キャッチコピーも入れていました。マンガも描いていましたが、コマ割りが苦手で、私はポスターや雑誌の表紙を書くことが似合っていると気づいたのがこのころです。
今は、仕事で広告の企画でデザインすることがあるので、昔やっていたことが今とつながっていますね。

まだ道は見えていなかった学生時代。何かを作りたいと漠然と考えていた

―大学は英文科に進学されていますが、海外で通用するアーティストを目指すなど将来を視野に入れての選択でしょうか?

子どものころから英語が好きだったというのが理由です。得意だったというのもありますが、英語の音がとても心地よいと感じていたんです。

―絵を仕事にするために、どのような準備をしていましたか?

実は、「○○になりたい」と職業を決めていたのではなく、「こういうものを造りたい」と考えていました。商品のパッケージを見て、私もこんなパッケージを創りたいとか……。

私が高校3年生か短大1年くらいのときに「聞茶」というお茶をキリンが販売していました。そのパッケージが中国の茶器をイメージしたもので、デザインの良さで話題になったと思います。ADC年鑑というパッケージの年鑑で賞も取っています。そのパッケージの色やデザインが本当にきれいで、「なんてきれいなパッケージなんだろう」とうっとりと眺めていました。その数年後にその人の下で働くことになって、驚きました。偶然です。

毎日がワクワクの社会人生活。影響を受けたアーティストとの運命的な出会い

―大学卒業後はデザイン会社に就職されています。デザインのお仕事を選んだのは、パッケージなどをデザインしたいと考えていたからでしょうか?

何かを創る仕事はないかと模索していたときに、デザイン会社に自分が描いていた絵を持っていったら就職できちゃったんです。入社してイチからMacの使い方やデザインの仕方などを学びました。
毎日仕事が楽しくてしょうがなかったですね。新しいことを覚える、知るということに対してワクワク、ワクワクしていました。とにかく仕事を覚えたくて、既存のリーフレットをマネして、自分でデザインするというのを仕事の後に練習していました。

―独立するまで、その会社で勤務していたのでしょうか?

一番最初に入った会社は3年ほど勤務しました。拘束されることがあまり好きではないので、割り切って派遣社員という道を選んだんです。派遣社員のほうが自由でいられるというイメージがあったんです。
派遣社員だといろいろな会社へ派遣されるじゃないですか。その行った先々でどんな自分でいようか……というのを楽しんでいました。「今日はバリバリ仕事のできるキャリアウーマン風の私でいこう!」とか。いろんな自分を演じていました。派遣先でもデザインの仕事をしていたので、毎日楽しく働いていました!

―派遣社員を経てイラストレーターになったのでしょうか?

同時進行です。派遣社員をやりながらイラストレーターのための大人向け塾へ通っていました。
ここでも偶然の出会いがあって、塾の講師の方が、私が影響を受けたイラストレーターの方だったんです!
イイダジュンさんという方で、仲良くさせていただきました。

この方と会いたいと思ったのは中学三年生のとき。バレンタインで初めて男の子にチョコあげたんです。そのチョコのパッケージが彼の絵で、国旗の絵が描かれていました。ステキな箱だなと思って、眺めていました。

私、会いたいと思った人には会えるんですよ。

まとめ:何かになることを目指すのではなく、やりたいことをやるための道を探そう

須山さんはデザインの仕事をしよう、イラストレーターになろうとはっきり決めていなかったとのことですが、お話を伺うと、幼少期より無意識のうちに道を決めていたように思えます。起業・独立するのに何かになろうと目指すだけでなく、須山さんのように自分がやりたいことをするために道を探す方法も良いのだと思います。
次回は、「会いたい人には会える」と言う須山さんの少し不思議な力とその力を失ったときのことについて伺います。

LITORA編集部

自分らしい生き方を見つけたい。大好きなものに囲まれる生活をしたい。暮らしや仕事、オシャレも美容も恋愛も“自分らしく心地よく”を軸に自分のライフスタイルに合わ...

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