【1】大学時代から携わっていた英語の通信教育の副業が本業に!:長倉圭井子さんインタビュー
今の仕事を始めたきっかけは、長倉さんが大学時代にバイトをしていた、社会人向けの語学学習や通信教育のフォローアップでした。就職氷河期で進路を模索しつつ、派遣社員やOLをしながらも、語学に携わる副業にやりがいを見出した長倉さん。その後、幅広い語学サービスを提供すべく「ケイ・ランゲージ・ラボ」を立ち上げました。
就職氷河期では“進路未定者”となって大苦戦した過去
―まずは、今のお仕事をされるきっかけから聞かせてください。
「この仕事に就いたきっかけは、学生時代からいわゆる大人のやり直し英語的な通信教育や個別指導をする『EJC Private Tutor』での個別指導です。それがのちに起業する『ケイ・ランゲージ・ラボ』の前身ですが、そこに至るまでには、紆余曲折がありました。
大学は慶應義塾ですが、一浪一留で卒業が遅れたんです。当時は就職氷河期で、なかなか希望する正社員での就職も難しくて。大学院へ進むことも考えましたが、結局行くことはなく、いわゆる進路未定者でした」
―その後、どういう進路を選びましたか?
「なんとか就職したいと焦りながらも、音楽プロダクションや出版社でアルバイトをしながら、大学時代からやっていた講師の仕事を副業として続けていました。その後、派遣社員でクレディセゾンに入り、普通のOLも経験しました」
働きながらも語学の勉強を続け、副業から起業へ
―慶應卒であれば、仕事を選ばなければ正社員になる道もあったかと思いますが。
「確かに日本だと、正社員として就職するほうがつぶしはきくと思いますが、私はそういう道を選びませんでした。
教育者になりたいという夢を捨てきれず、働きながら早稲田大学の聴講生として、日本語教育や文学の勉強をしていました。ちょうどそのまんま東(東国原英夫)さんが社会人学生としていらっしゃった頃です」
―その後、起業に至るまでの経緯についても聞かせてください。
「『EJC Private Tutor』では、子どもの英語教育から、大学通信教育を受ける方のレポート作成の支援など、個人に語学を教えることを主にやっていましたが、法人向けのお仕事も声をかけていただくようになりました。それで、2003年に上用賀に転居することになり、その後、2004年の4月1日に『ケイ・ランゲージ・ラボ』として正式に開業しました」
≪まとめ≫教育者になる夢を諦めずに追い続けた心意気
学生時代には、まだ漠然としていた将来の夢。長倉さんは、就職活動で苦戦していくなかで、自分が本当にやりたいことを見つめていきます。高学歴ながらも、安定の道を選ぶことなく、教育者になるという夢を追い続けていった長倉さん。副業から始めた英語教育の仕事に面白さを見出してからは腹をくくり、起業するという選択にいきついたようです。
そんな長倉さんは、なぜ語学教育に興味を持ったのでしょうか。次回は彼女の小学生時代の思い出を語ってもらうと共に、そのルーツを探っていきます。